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アベ政治を許さないハンスト中

 投稿者:藤森治子  投稿日:2019年 1月14日(月)17時33分13秒 210-170-20-150.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

報告が遅れていますが、
1月14日(月)0時から、アベ政治を許さないハンスト中です。あと数時間で終了します。

雪はないのですが、とにかく寒くて・・・・・。

梅原猛氏が亡くなられ、「9条の会」の発起人も、大江健三郎さんと澤地久枝さんのお二人となりました。寂しくなりますが、それだけの年月が過ぎたということでしょう。

 
 

19日に代替参加します

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2019年 1月 9日(水)22時53分27秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  明けましておめでとうございます。

今年が、少しでも戦争から遠ざかる第一歩の年であることを祈っております。

さて、本日正午からスタートの「ハンストイン」は、ワイフが今日、目の手術をして、その介護とかに追われて、参加できなかったので、19日に代替参加します。

悪しからず、ご了承ください。
 

2019年1月9日正午~10日正午までの「9の日ハンスト」参加します

 投稿者:髙田眞佐子  投稿日:2019年 1月 9日(水)11時35分49秒 120-51-121-253.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
  皆様、あけましておめでとうございます。 丈夫だけが、取り柄の私が、年末に風邪をひき、病院に行きました。孫にうつしては大変と、お年始を遠慮したものだから、ちょっと寂しいお正月になりました。もっとも、咳がひどかっただけで、元気なので、退屈まぎれに,YOUtubeで31日から1日にかけて、放映されていた「朝まで生テレビ」をみていました。今、コメンテーターとして、よくみかける、三浦瑠璃さんや落合陽一さん、古市安憲さんら若いひとたちが、福島瑞穂さんや金子勝さん、長妻さんらと侃々諤々、当面する、日本の課題について語り合ってはりました。いまさらながら、驚いたのは、若くて、優秀な彼らが、「九条を持つ国に生きている」ことなど、まったく意識の中にないように、日本の防衛について、語っていたことです。福島さんが、阿倍首相の兵器爆買いを批判していても、聞く耳をもたないようでした。ひがみ根性で聞いてしまったのかもしれないけれど「役に立たず、社会のお荷物になっているくせに、平和だ平和が大事、と夢のようなことを言うのが、今の年寄りだ」と言っているような気がしました。「朝生」がかわってしまったのでしょうが…それはとりもなおさず、社会がかわってしまったのでしょう。少し前、小田実さんや野坂昭如さんがいらっしゃったころ、「飢えている子どもの顔なんて、二度と見たくないよ。戦争ははダメ!」「爆弾を落とされて、死んでいった人々のちかくに住んでいた。落とされた側の目線で見るようになった。難死した人々のことを思う」というような言葉がとびかっていたようにおもうのです。といっても、すねてもひがんでもしかたがないので、ぶれないで、いようとおもっています。
(高田さん、「ガンジーの会よりお知らせ」のBBSからこちら「参加」のBBSにうつしました。ー藤森ー)
 

第156回「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加します

 投稿者:藤森治子  投稿日:2019年 1月 9日(水)11時06分28秒 120-51-121-253.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

第156回「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加します。

雪はあまりないけれど、身を切るような寒さです。

高田さん、風邪は如何ですか?大事にしてください。ハンスト中はエネルギーがとれなくて、体が冷えますから暖かくしてね。私は幸いこの冬は風邪を免れています。インフルエンザの予防注射をしたせいでしょうか。

ホワイトハウスへの辺野古土砂投入ストップの請願書はついに、20万筆を越えました。発起人に、受領したという知らせがホワイトハウス当局から届いたそうですから、とにかく、60日以内に何らかのアクションがあるはずです。

20万筆は、国内のいろいろな署名の数からいったら少ないのですが、その与える影響力はなかなかのものです。「We,the People」というこの制度自体が、弱者や少数者の意見をくみ上げる目的で設けられたものだからでしょうか。国内はもちろん、英米のニュースにもなっています。意外に、辺野古の問題は外から崩されていくかもしれません。

辺野古の土砂投入について、サンゴを移動したという大嘘を首相はつきました。沖縄の新聞がフェイク・チェックをしたら、サンゴの移動などなかったということです。でも。この大嘘をNHKは放映したままで、修正していません。日々のニュースが、アベ放送局のようになってしまったNHKは、こういうことを、こまめにチェックしていかなければ、信用を回復できないでしょう。

 

アベ政治を許さないハンスト中

 投稿者:藤森治子  投稿日:2019年 1月 7日(月)12時34分46秒 220-158-60-117.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

2019年1月7日(月)0時、から、アベ政治を許さないハンスト中です。

夜明けに「ガンジー村通信」の配信を終わって、さて、今日は、七草粥・・・と思ったらハンストの日でした。残念・・・今夜、夜中にいただくことになります。

今年もよろしくお願いします。
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アベ政治を許さないハンスト中

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年12月31日(月)11時06分55秒 202-215-69-188.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

2018年12月31日(月)0時よりハンスト中です。
2018年の最後の24時間を、安倍政権の諸悪に抗議して、ハンストをして、締めくくろうと思います。明けて2019年、年越しそばを頂きながら、今年の覚悟を、何より参議院選に勝利することを、心の底から思い決めています。

長野の暮れは、ところどころ青空はでていますが、総じてはっきりしないお天気です。これから、お正月の花を買いに街へ出掛けます。
皆さまも、良いお年をお迎えください。

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「ハンストイン」参加及び終了報告

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2018年12月25日(火)07時37分7秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  報告が大変遅れて申し訳ありませんが、11月29日正午から第154回「9の日・9条・ハンストイン」に参加、翌30日正午過ぎに終了、さらに12月9日正午から第155回「ハンストイン」に参加し、10日の正午過ぎに終了しています。

この2年間、全力を傾けて取り組んできた『慶應義塾文学科教授 永井荷風』が、集英社の新書として今月14日に刊行・発売されました。

また、同じ14日の午後3時から、慶應義塾大学三田キャンパス内の北館ホールで、私と女性文芸評論家で『朝寝の荷風』の著者、持田叙子氏とハーバード大学大学院博士課程で泉鏡花を研究しておられるピーター・バーナード氏が講師として、さらに芥川賞作家で慶應義塾大学仏文科教授の荻野アンナ氏がコメンテーターとして参加、英文学部教授巽孝之氏の司会のもと、「永井荷風と慶應義塾」というテーマで講演会が開かれました。

私は、新著『慶應義塾文学科教授 永井荷風』の最終章「永井荷風が百年後の慶應に遺したもの」に絞って話をすすめ、「共鳴し合う永井荷風の空襲体験と原民喜の原爆体験」と「そして武器を捨てよ/人間よ」、さらに「終わりに」と、三つの小節を朗読して、講演を締めくく、そのあと、永井荷風の「非戦と平和」と「性」と「愛」の思想と精神が、20世紀の戦後と21世紀の今を生きる私たちの共同意識、あるいは願望とつながっているかを知ってもらうために、ジョン&ヨーコの「非戦」と「平和」のメッセージソング「ハッピー・クリスマス」と「性」と「愛」のアヴァンギャルド・ミュージックの映像と音楽を、ユーチューブからダウンロードして聞いてもらいました。

講演の最後で朗読した部分は、かなり長く、すでに本HPで紹介したものと重なるところもありますが、全文、以下に引用しておきますので、読んでみてください。

ちなみに、新著を詩人で「三田文學」理事長を務め吉増剛造氏に謹呈したところ、「原民喜のところが、稀有の一条の光のように目を射ております」という内容の葉書を頂きました。

本物の詩人が、ほとんどいなくなってしまった昨今、80歳に手が届こうという高齢にも関わらず、現代詩の最前線で孤軍奮闘する吉増氏からこのような言葉を頂けたことで、2年間、全身全霊を傾けて本を書き上げた苦労が一気に報われた思いがしております。

今日はクリスマスです。そして一週間後には新しい年がやってみます。ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんは、「Happy X'mas」という曲のなかで、「War Is Over If YouWant It」と歌っています。

来年もまた、「戦争が終わること」を願って、私もまた、精いっぱい生きていこうという気持ちを新たにしています。

皆さま、改めて「ハッピー・クリスマス」と良いお年をお迎えください。

****************************

 新著『慶應義塾文学科教授 永井荷風』
 最終章「永井荷風が慶應に遺したもの」+「おわりに」から


 共鳴し合う永井荷風の空襲体験と原民喜の原爆体験

 荷風の直接的影響というわけではなく、ある種の結果的共鳴、あるいは呼応という形で、荷風が慶應義塾文学部のために遺したものとして触れておきたいのは、昭和二十(一九四五)年の春、荷風が、米軍機の空爆による未曽有の大空襲によって被災し、偏奇館を焼かれ、蔵書の全てを焼失し、着の身着のまま焼け野原をさまよったことと、それより五か月後の八月六日、昭和七(一九三二)年に慶應の英文学科を卒業し、詩や小説を「三田文學」に発表していた原民喜が、疎開していた広島市内の実家で、同じく米軍機による人類史上初めての原爆投下で被災し、家を焼かれ荷風と同じように着の身着のままで、焦土化した市内をさ迷い歩いたことで、二人が共に地球の終焉を思わせる地獄を体験したこと。そして、それぞれの悲惨を極めた体験・見聞とそのときに抱いた思念や感懐を、荷風は日記『断腸亭日乗』に、民喜はカタカナ書きの詩『原爆小景』や小説『夏の花』に書き残したことで、本人たちの意志を越えて二人がつながることである。

 永井荷風と原民喜は、原が慶應義塾大学文学部に入学したのが大正十三(一九二四)年と、荷風が慶應義塾文学科教授を辞任したときより八年ほど遅れているので、直接的師弟関係はない。また、生涯を通して、社会の周辺/底辺、あるいは外側に生きる芸妓や娼婦、私娼婦とのみ性的関係を有し、前述したように慶應義塾の文学科教授時代に、堅気の商家の娘と結婚したものの、新婚生活と同時進行で二人の新橋芸者との交情に溺れ込み、結局半年足らずで新妻を離縁。さらにそののち、新橋芸妓の八重次と再婚するものの、半年後に八重次が家出をし、結局離婚。以来一度も結婚しなかった荷風に対して、原は、見合い結婚ではあるものの、同じ広島県出身で、奇しくも荷風と同じ姓の永井貞恵という女性(のちに文芸評論家となる佐々木基一の姉)と結婚、深い愛の関係で結ばれている。

 しかし、原民喜をして、「私の書くものは殆ど誰からも顧みられなかつたのだが、ただ一人、その貧しい作品をまるで狂気の如く熱愛してくれた妻がゐた」(「死と愛と孤独」より)とまで書かせたその妻は、昭和十九(一九四四)年、糖尿病と肺結核で死去。それまで献身的に看病に努め、臨終を看取るなどして愛の関係を貫き、死後、貞恵との思い出を『忘れがたみ』、そのほか、いくつもの回想記やエッセイに書き残し、最後は先だって逝った妻に殉ずるようにして、昭和二十六(一九五一)年三月十三日、東京中央線の西荻窪と吉祥寺駅の間の線路に身を横たえ、自らの命を絶った原民喜は、人間的資質から文学者としての生き方、さらには書き残した作品から表出されてくる世界そのものも、荷風のそれとは百八十度違っている。

 にもかかわらず、「鎮魂歌」に詠われた「僕は堪えよ、静けさに堪えよ。幻に堪えよ。生の深みに堪えよ。堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えよ。一つの嘆きに堪えよ。無数の嘆きに堪えよ。嘆きよ、嘆きよ、僕を貫け。帰るところを失った僕を貫け。突き放された世界の僕を貫け」という、悲痛な決意と覚悟の表明は、東京大空襲によって「帰るところを失った」のにもかかわらず、明石、岡山へと苦難の疎開行を続け、悲惨な現実に「堪えて堪えて堪えてゆくことに堪え」て、『断腸亭日乗』を書き続けた荷風の決意と覚悟に通じるものであった。

 文学者が文学者たるゆえんが、そして文学者が人間に対して、あるいは人類に対して果たすべき使命が、この世に現出した地獄にも等しい悲劇を自身で体験し、冷徹、かつ透徹したまなざしで見据えた現実とその奥にあるものを言語によって書き残すことにあるとするなら、永井荷風と原民喜はまさにその使命を果たした文学者であった。少し大げさな言い方になるかもしれないが、日本民族を滅亡させたかもしれない二つの大惨禍の現場に、永井荷風と原民喜という慶應義塾とかかわりの深い文学者が、歴史に対する証言者として立ち会い、そこでの正に九死に一生を得るに等しい体験・見聞を後世に書き残してくれたことで、日本の文学は救われたといってもいいかもしれない。

 「そして武器を捨てよ 人間よ」

 前述したように、永井荷風は、慶應義塾の文学科で自身の教えを受けて、のちに文学者として立った教え子のなかで堀口大学を最も高く評価し、信頼していた。だが、その堀口大学は、戦前、戦時中に荷風に背く形で戦争翼賛の詩を詠んでしまう。そして、戦後、荷風が『断腸亭日乗』を書いて、時の政府や軍部、戦争の悪を徹底的に批判していたことを知り、痛切に恥じ、悔恨したはずであった。昭和四十五年十一月に作られ 昭和四十六年1月元旦、産経新聞に掲載された「新春 人間に」と題された詩は、正に堀口大学のそうした悔恨と自己批判から生まれた詩であり、本当に優れた詩は、人類社会の未来を予言し、私たち人間が進むべき道を「啓示」するとするなら、正にこの詩は、今日私たちが生きる日本の悲惨な現実を予言し、そのなかにあって私たち日本人が何をなし、いかなる方向に進むべきかを教えてくれる、正に天からの「啓示」の詩であるといえよう。

   新春 人間に

   分ち合え
   譲り合え
   そして武器を捨てよ
   人間よ

   君は原子炉に
   太陽を飼いならした
   君は見た 月の裏側
   表側には降り立った
   石まで持って帰った

   君は科学の手で
   神を殺すことが出来た
   おかげで君に頼れるのは
   君以外にはなくなった

   君はいま立っている
   二百万年の進化の先端
   宇宙の断崖に
   君はいま立っている

   君はいま立っている
   存亡の岐れ目に
   原爆をふところに
   滅亡の怖れにわななきながら
   信じられない自分自身に
   おそれわななきながら……

   人間よ
   分ち合え
   譲り合え
   そして武器を捨てよ
   いまがその決意の時だ

 精神という言葉の最も正しい意味で、永井荷風が慶應義塾に遺したものを、堀口大学の「新春 人間よ」の詩にならって言えば、「武器を捨て、性によって男も女も愛し合え、人間よ」ということに尽きると思う。そうした意味において、堀口大学は、詩人として一生をかけて歩んできた「長い道」の最後に近く、「新春 人間に」の詩を詠み、「そして武器を捨てよ、人間よ」と、全人類に向けて呼び掛けたことで、永井荷風の文学精神を最も正統的に継承する、ほとんどただ一人の門下生としての資格を獲得したことになる。

 おわりに

 「しなやかなラ・マルセイエーズ」

 文学者永井荷風は、最晩年に及んでは、前歯が欠け、シャープでモダンな風貌とダンディなファッションで装われた風采は無残に失われ、正に遠藤周作が、『新潮日本文学アルバム・永井荷風』に寄せた『「荷風ぶし」について」の最後の一節で、「晩年、歯が欠け、バンドのかわりに紐を使っていた彼の写真は恐らく本書にも掲載されているだろうが、そこには小説家、荷風ではなく、彼の文学を裏切った一人の老人のイメージがあるだけだ。年齢を取るのは実に悲しいことである」と嘆いたように、老残をもさらす形で晩年を生き、死んでいった。老残をさらして生きる最晩年の荷風について、「彼の文学を裏切った一人の老人のイメージがあるだけだ」という遠藤の指摘は、相当に冷酷で、意地悪く聞こえる。

 確かに永井荷風は、最晩年において老残をさらした。だが果たして、「書く」ことへの意志の最後の最後の一滴まで絞り切って、死の前日、『断腸亭日乗』に、「四月廿九日。祭日。陰。」と書き込み、老残をさらしたまま、死んでいったことが悲しいことなのだろうか? 歯が欠け、紐でズボンをくくっていた荷風の写真が、果たして荷風の文学を「裏切った」と言えるのだろうか……。

 一八七九年生まれの荷風より八十年遅れて、一九五九年にこの世に生を享け、慶應義塾大学大学院修士課程と、国学院大学博士課程を単位終了され、荷風と同じく慶應義塾文学部教授として後進の指導に当たり、また独身で生涯を終えた折口信夫の研究に携わるなか、中央公論社刊の『折口信夫全集』(新版)の編集に携わった持田叙子が、その著書『朝寝の荷風』の「あとがき」で記したように、小説家永井荷風は、齢八十歳になろうとしても、孤独な生との引き換えで「自由」であること選び、喜び、そして「老残」をも受けいれ、日記の最後に「四月廿九日。祭日。陰。」と記し、深夜、一人で絶息、冥界へと旅立っていったのである。

  朝寝ぼう。枕元にフランスの雑誌の散らかるベッドの中で、熱くて甘いショコラをすする荷風。きわびやかに化粧し装う女性を見て、自分もああなりたいと憧れてしまう荷風。買物籠にネギを入れ、時雨の中をとぼとぼと歩く荷風―だらしない? しどけない?情けない?そうかもしれない。けれど彼の生き抜いたのが、はじめは立身出征に狂奔する明治国家主義の時代、ついでは国民に強さの連帯を要求する軍閥政治の世であることを考える時、それはとてつもなく稀有で大胆なだらしなさでありしどけなさだと思うのだ。

 持田叙子は、このように荷風最晩年の「だらしなさ」と「しどけなさ」を「とてつもなく稀有で大胆な」ものとして受け入れ、そのうえで、「今、私にはそこからしきりに、人を押しのけ弱肉強食に突き進む日本近代社会への、第一級の抵抗の詩が聞こえてくる。荷風流のこのしなやかなラ・マルセイエーズにもっと耳を傾けよう」と、呼びかけている。

 荷風没後六十年が経とうとしている今、荷風の門下生の孫にあたるくらいの世代に、荷風が他界した昭和三十四(一九五九)年に、荷風と入れ替わるようにしてこの世に生を享け、長じては慶應の文学部に学んだ一人の荷風文学評論家、それも女性文芸評論家から、荷風の「だらしなさ」と「しどけなさ」が、このように優しく受け入れられ、掬い上げられていることを、私は、心から荷風のために喜び、祝福したく思う
 

アベ政治を許さないハンスト中

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年12月24日(月)16時26分20秒 183-180-166-134.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

2018年12月24日(月)0時から、民主主義を壊して、辺野古の海を埋めようとしている安倍自公政権に抗議して、ハンスト中です。

安倍政権は、国民の神経を逆撫でることを、まるでそれが趣味のように、いろいろやってくれましたが、まさか本気でこの辺野古の海を埋めることに手を染めるとは思いませんでした。どこかでブレーキがかかり、立ち止まって、再考する時が来ると思っていましたが、大きな間違いでした。翁長前沖縄知事が生前、安倍政権について、「愛がない」と言われていましたが、その通りです。

あれほど辺野古に基地をつくるのは反対と、沖縄県民の決意が何度も示されたのに、それを一顧だにしないということは、これからは地方自治体無視で、どんなに地方自治体が反対しようが、政府はやりたいことをやるというわけです。原発のゴミを捨てる場所、イージスアショーを設置する場所、水道の民営化をすすめる都市、オスプレイの飛行ルートと時間の決定、等々、市民の生活にかかわるようなことも、面倒で「愛もない」ので、勝手に政府がきめちゃうというわけ・・・?

この6年間に仕出かしてきた政治の事々は、呆れ果てるくらい失敗ばかりです。原発商売であちこちへセールスに行ったけれど、結局全部失敗に終わりましたね。そもそもこれは商売のいろはのいを知らない愚かな失敗です。原発事故を起こしその後始末もできないような国が生産する原発なんて、危なくて買えるはずがないでしょう。それを「売れる」と信じて宣伝に励んだ内閣や経産省に、一人でも、普通の人間の考えることがわかるひとがいたならば・・・と思います。

「来年こそ、こんなバカバカしい自民・公明に鉄槌をくだすべく頑張ろう」、と昨夜電話で話した友人と誓い合ったことでした。ごく普通の人たちから、こういう意見が普通に飛び交うようになってくるくらい、国民の不満や怒りは溜まっています。

ホワイトハウスへの辺野古基地廃止の請願署名、16万筆を超えました。

 

アベ政治を許さないハンスト中

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年12月17日(月)15時38分51秒 183-180-166-10.nagano.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

2018年12月17日(月)0時から、安倍政権に強く抗議して、ハンスト中です。

沖縄・辺野古の海へ土砂の投入を即刻辞めて下さい。あの美しい海を埋めて滑走路にするまでに13年もかかるのですって。その間にはどんなことが起こるかわかりません。海にも、海を取り巻く情勢にも・・・。海を潰してこんな巨大な基地を作って、これから100年先も戦争をするつもりでしょうか。100年先も、この国を米兵が「まもる」というのでしょうか。私たちの国の憲法にはそんなことは書かれていませんが・・・。

もうすでに署名をされた方もおいでかと思いますが、【Stop the landofill of HENOKO/Oura Bay until a referendum can be held in OKINAWA】(辺野古の土砂埋め立てを、沖縄で県民投票が行われるまでやめて下さい)という署名運動が全国で行われています。

この署名は、オバマ大統領の時代に合衆国憲法に基づいて「We The People」という政府に直接請願を行う電子署名サイトが制作され、13歳以上であれば誰でも(※合衆国市民でなくとも、また合衆国在住でなくても)Web嘆願書を作成でき、米国政府により利用規約に対するスクリーニングを経て公開されるという制度だそうです。

2018年12月8日、「R.K. (Rob Kajiwara)」という米国ハワイ在住の方が、沖縄県名護市辺野古の大浦湾に建設予定の在日米軍海兵隊基地滑走路建設のために同月14日より開始される大浦湾の埋め立て作業について、米軍最高司令官のドナルド・トランプ大統領にたいし、せめて来春に予定されている「辺野古埋め立ての賛否」を問う県民投票の実施まで作業の停止を求める内容の嘆願を作成し、現在拡散中です。

署名は13歳以上であれば誰でも署名できます。期限は2019年1月7日までの30日間。請願が10万筆集まると、ホワイトハウスは請願を検討し、60日以内に何らかのアクションを起こさなければならないことになっています。

今日(12/17 正午)現在、署名は7万筆を超えたそうです。お正月の7日までにあと3万筆以上が必要です。県民投票まで埋め立てを待ってくれというとても緩やかな要求ですが、出来ることは何でもしなくては・・・と思います。

詳細は下記のURLに、日本語で詳しい説明があります。
https://note.mu/tkatsumi06j/n/ndb0592be531d

また署名送信は英語版のほうが簡単です。First Name、Last Name、Email Address を空欄に書き、すぐ下の緑のSIGN NOWをクリックします。(この間1分)
(英語版)
https://petitions.whitehouse.gov/petition/stop-landfill-henoko-oura-bay-until-referendum-can-be-held-okinawa

この後が大切なのですが、しばらくするとホワイトハウス当局から返事がきます。これは、この署名がたしかにあなたのものかを確かめるメールですから、真ん中辺に青い字で

Confirm your signature by clicking here.

とありますから、ここをクリックすれば、完了です。

まだ来年1月7日までまだ3週間あります。10万といわず、20万でも30万にでもして送りたいですね

 

第155回の「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加します

 投稿者:藤森治子  投稿日:2018年12月 9日(日)12時00分20秒 115-179-93-34.bkipp.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
 

第155回の「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加します。

定例のハンストと半日重なりますが、、ハンスト・インに合わせて9日正午から始めます。余力があれば36時間になるかも・・・・・。

民主主義を破壊するような今国会のあり方に、満身の怒りを込めて


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