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アンドロイド0指令と魔法使いサリー初回

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 7月20日(金)03時14分10秒
  メモとして・・
ウルトラセブン「アンドロイド0指令」(上原正三脚本)の元ネタとして、魔法使いサリーの初回(https://youtu.be/riTgc9VUuOg)で、深夜デパートでのおもちゃが攻撃するシーン(20:40~)があるのではないか?
「地底GO!GO!GO!」(同)のタイトルも「マッハGO!GO!GO!」からと思われる。
 
 

「吉屋チルー物語」とウルトラセブン最終回

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 7月11日(水)22時31分43秒
  「吉屋チルー物語」(金城哲夫監督・脚本)
には、ウルトラセブンの最終回と共通点がある。
ネットでは、
https://youtu.be/Uihht39ui84

0:50~は吉屋チルーの歌会で正体を明かすシーン、7:40~はその後チルーとのやりとりの中で、「歌の道に身分の差(侍と百姓など)はない」と諭すシーンがあるが、これは、ウルトラセブンの最終回で、セブンが正体を明かし、その後人間と宇宙人(セブン)は差別はないとするシナリオ構成と共通している。
これは、金城さんと栫井氏との鹿児島旅行中、琉球人差別の話題で突然険悪なムードになったことからも、恐らく当時の沖縄人差別が念頭にあったと思われる。
そして金城さんの場合は、沖縄海洋博覧会の演出を担当する中で、世界の海の水を一つの大きな入れ物に注ぐというイベントにあるように、世界の人々の交わりと平等をも願われていた。
 

(無題)

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月21日(木)15時04分21秒
  なお、このペロリンガ星人は、まだ良い星人だったという印象を受ける。他のペロリンガ星人が地球征服をする前に、地球の荒廃をほのめかし、それに飽き飽きした人を先に救出するという意図が感じられる。色々味わい深い作品である。  

(無題)

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月21日(木)14時47分17秒
  「円盤が来た」のペロリンガ星人とセブンの対決シ-ン前後の映像は、1968年4月11日 に日本で公開された『2001年宇宙の旅』のラスト近くの光による異次元表現に刺激されたのではないかと思う。  

「円盤が来た」の出演者

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月21日(木)04時25分20秒
  「ウルトラセブン撮影日誌」(復刊ドットコム)p.293によると、丁度今から50年前の昭和43年6月22日に、「円盤が来た」の本編撮影として、最後のシーンのアパート前と思うが、金城、上原、宮崎の各氏が出演していることになっている。
ただ、これには偶然とも思えないことがある。
「円盤が来た」のゲンさんは、
トカラ列島の話がからむ松竹映画「なつかしい風来坊」(1966年)
?(http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/film/morisakidata/cp004180.htm)(https://youtu.be/YBBo6zNHSX8)の源さんがモデルであると仮にすると、実相寺監督の南方諸島やひいては沖縄への眼差しに応える意味で出演されたとも思うのである。
なお、"風来坊"は、セブン初回にもダンのセリフに出てくるものであり、金城さん自身を表現したものと解釈する。
実相寺監督と金城・上原さんらは、意外と近い仲であったと思う。
 

「地底GO!GO!GO!」と「ノンマルトの使者」

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月 8日(金)04時27分10秒
  ウルトラセブン「地底GO!GO!GO!」と「ノンマルトの使者」は一対のものとして考える必要があるのではないか。
ラストナレーションは、次のようになっている。
「地底GO!GO!GO!」(上原正三脚本)
(http://www2.u-netsurf.ne.jp/~okhr/sight7/page17.htm)
『それにしても、あの巨大な地底都市。あれは、一体何だったのでしょうか? 宇宙人の侵略基地だったのでしょうか。いやもしかすると、我々地球人よりも遥かに昔から地球に住んでいる、地底人類の文化都市だったのかもしれないのです』
「ノンマルトの使者」(金城哲夫脚本)
(http://www2.u-netsurf.ne.jp/~okhr/sight7/page42.htm)
『それにしても、ノンマルトは本当に地球の原住民だったのでしょうか? すべてが消滅してしまった今、それは永遠の謎となってしまった』
両者に共通する先住民という問題への意識は、偶然とは思えない。また、地底都市と海底都市という”底”への意識は沖縄的である。(http://okivel.com/niraikanai/『ニライカナイは地上に存在するわけではありません。ニライカナイは地底や海底に存在するという説もあります』)
そして、地底や海底を開発するということへの問題意識も共通している。
2つの作品は成立の時期・状況が違い、後者が前者をヒントにしたとも言いにくい。
 

(無題)

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月 1日(金)06時19分4秒
  「月城物語」は、国立劇場おきなわで以前公演されたようだ↓
https://blog.goo.ne.jp/nasaki78/e/15c11a2bdabfcfc625a87c3ddcaf98d8

「月城物語」は、通りがかりの漁師が弁財天によっていわば“変身”し、神通力をもってモンスターのような蜘蛛をやっつけて娘を救うというもので、ウルトラマンのような発想でもあり、南海の怒りにも通じるところがある。
“蜘蛛”は沖縄を苦しめる或いは苦しめてきた様々なカの象徴と言えると思う。それは、古い因習や薩摩支配、米軍基地、台風、伝染病など様々であろう。それが観客に共感を呼び、大きな人気を得ることに繋がったのだろう。

ウルトラシリーズは、広い意味での沖縄芝居の影響を受け、我々はそれを見ていたのかもしれない・・・
 

乙姫劇団の影響

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 5月 1日(火)17時39分58秒
  「女だけの『乙姫劇団』奮闘記」(講談社)には、乙姫劇団の歴史や凄い人気が書かれている。
それによると、映画「吉屋チルー物語」主役の清村悦子さんは、1958年、「月城物語」(つきしろものがたり)の舞台で三女(真珍金)の役で舞台をされており、美貌と演技を注目され稽古にも励んでおられたが、間もなく結婚され退団されたということになっていて、リバイバル公演は1972年となっている。
清村さんは、同じく1958年「黄金城」という芝居では主役(豊見城若按司)をされ、立ち回りも素晴らしいものだったそうだが、この芝居が何と、金城さんの沖縄芝居代表作の「一人豊見城」ととてもよく似た内容である(!)
多分金城さんは、清村さんの「黄金城」に刺激を受けられたと思われる。
1959年元旦から那覇劇場で映画「月城物語」が上映されている。
なお、映画「吉屋チルー物語」の完成1963年に、乙姫劇団は、「ユシヤ思鶴」(吉屋チルーのこと)を公演しており、偶然なのか、互いに刺激があったのかわからない。
戦後間もなくから大活躍の乙姫劇団は毎年多くの新作作品を公演しており、金城さんにも影響したと思われ、その脚本にかなり反映されている可能性がある。
 

「クモ男爵」「吉屋チルー物語」と「月城物語」

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 4月29日(日)15時34分55秒
  ウルトラQ「クモ男爵」(金城哲夫脚本)の発想の元ではないかと思われるものがある。「月城物語」である↓
?http://kohamatsukasa.com/118gwa/cafe/column/ban/ban04.html
これは初の全編ウチナーグチの映画であり、金城さんはこの映画に刺激を受け、清村悦子さんも出演されていたことから、同じく全編ウチナーグチの映画「吉屋チルー物語」を作られたものと考える。
「吉屋チルー物語」は、作成動機や目的がもうひとつはっきりしなかったが、“沖縄の人を喜ばせる芝居“を心がけておられた金城さんとして「月城物語」はまさに見本となる映画だったと思われ、大いに刺激を受けられたと考える。
この「月城物語」は、
『 ジャン・コクトー『美女と野獣』にヒントを得て、沖縄の風土と歴史の中に役柄を限定した幻想劇に脚色したものです。そして見事一位入賞を果たしています。物語は、女性だけの美しい“月城”には年に一度、恐ろしい蜘蛛の精に城の乙女を捧げなければならない定めがありました。月城には三人の娘があり、長女真犬金は城や母親や妹達を救うため自ら犠牲になることを決め、煩悶をします。それを憐れんだ弁才天の神様は、通りすがりの漁師に神通力を与え、格闘の末、蜘蛛の精を倒し、姫を救い出します。手留間の王子(漁師)となり、月城の婿として迎えられ、三人娘の三組婚礼祝宴にてエンディング。
間好子演じる、蜘蛛の精(クーバーヌシー)の神出鬼没の演技は舞台でも映画でも話題を呼び、“若き沖縄の団十郎”の名も生まれたほどだといいます。月城の母に伊舎堂正子、長女・真犬金に兼城道子、手留間の王子に大城光子、他に宮城総子、清村悦子、上間初子、内間清子ら乙姫劇団の人気役者の若き姿がここにあります』
ということで、NHK他でも放送、上映されたようだ↓
?https://blogs.yahoo.co.jp/snkawaka/60432787.html
?https://blog.goo.ne.jp/nasaki78/e/64fd84a69d0015c19295e2166b763e00
?https://blog.goo.ne.jp/nasaki78/e/8b153f059953ef2ff4a6f7faf861af8d
乙女劇団は、沖縄の宝塚とも言える劇団である↓
?https://ryukyushimpo.jp/okinawa-dic/prentry-40804.html
「月城物語」を見てみたいものだ。ただし、ウチナーグチはわからぬ(T_T)
 

ガラダマの谷

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 4月18日(水)00時14分41秒
  ウルトラQ「ガラダマ」(金城哲夫脚本)に至るシナリオとして、「ガラダマの谷」(同)があるが、金城さんの故郷である沖縄県南風原町にほど近いところに、『ガンガラ―の谷』というのがある↓
http://www.gangala.com/tani/#tani01
近年、公開されるようになるまでも、沖縄の秘境中の秘境として、大自然の深い部分を土地の人々は感じていたようだ↓
https://allabout.co.jp/gm/gc/76603/2/
『長い年月、ヒトの社会と隔絶していたガンガラーの谷とはいえ、まったく人が入らなかったわけではありません。そもそも「ガンガラー」という呼称は、巨大な鍾乳洞が崩れ去る時の擬音から来ています。土地の人々に言い伝えられてきたのでしょう。
ガンガラーの谷は、数百年の昔から地元の人にとっての聖地。入り口にそびえている通称ウフシュ(大主)ガジュマルは推定樹齢150年です』
ということであるが、この「ガンガラ―の谷」から、「ガラダマの谷」(特に準備稿)の発想へと繋がっている可能性はあるのではないか。
「ガンガラー」はガラガラと崩れる音から来ているということだが、「ウルトラQの誕生」(白石雅彦著)p.199によると、隕石の登場シーンで、似たような擬音を用いているし、モンスターはまるで大自然の中から出て来たような姿になっている。
金城さんの沖縄での思い出が脚本に反映されている例としては、少年雑誌で、快獣ブースカがラジオ体操のようなことを始める
ストーリーがあり(金城さんは、朝に皆を集めてラジオ体操を始めた)、もしかすると、「ガンガラーの谷」は、子ども時代から感心があったか、実際に行かれたかもしれない。
また、金城さんの脚本に植物モンスターが多いのも、こういった環境からきている可能性は十分考えられると思う。
なお、ダムのシーンが登場することついては、2つの可能性を考えている。一つには、沖縄で渇水問題が在沖米軍を悩まし、ダム建設を始めたことがあること、もう一つは、九頭竜川ダム汚職事件が惹起していた時期であり、死者も出るなど世間を騒がせていたことに関係させた可能性があることであるが、もう少し考えてみたい。
 

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