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「ウルトラ」の由来と円谷英二

 投稿者:紫藻  投稿日:2019年 1月20日(日)14時52分56秒
  NHKサービスセンターから2003年に発行された「テレビ50年」p.148~149に、東京オリンピック中継で「ウルトラC」の言葉を考え出したNHKの鈴木文弥さんのインタビュー記事があった。

練習見学で、Cより上のランクを遠藤幸雄選手がやるので、スーパーC、ダブルCと考えた末、体操の発祥地ドイツでスーパーをウルトラと言うことから、「ウルトラC」と表現することとした。跳馬の山下治広の際にはこれを13回もアナウンス。
そして、東京オリンピックが終わった後で、円谷英二さんから手紙を頂き、「あなたが使っているウルトラCという言葉。これはとっても面白い。ついては今度自分が制作する怪獣映画でこの言葉を使ってもいいでしょうか」と書いてこられたので、「どうぞ、お使いください」と返事を差し上げた。

という内容で、円谷英二がきちんと許可をとっていたこと、怪獣映画と言うことから、早期に怪獣路線を英二が考えていたことが伺える。
 
 

追加

 投稿者:紫藻  投稿日:2019年 1月19日(土)02時05分1秒
  前述の兼城道子さんは乙姫劇団副団長でもあった。
https://blogs.yahoo.co.jp/yuminuyu/12233929.html
には、「「乙姫」が達成した「幻想的舞踊劇」は、沖縄の文化的財産である! 」ともある。
 

セブン未発見作品「幻想舞踏団」の周辺

 投稿者:紫藻  投稿日:2019年 1月19日(土)01時37分57秒
  琉球新報S46.12.14付に、「伊良波晃 芸能生活25周年記念公演」として、金城哲夫さんの沖縄芝居「一人豊見城」の広告がある。
金城さんの「吉屋チルー物語」にも出演されている島正太郎さんや、金城さんの沖縄芝居に縁の深い北村三郎さん、兼城道子さん、そして協力には、「劇団潮」とともに、既述してきた「乙姫劇団」の名がある。
さて、金城さん脚本のウルトラセブンには未発見原稿があり、白石雅彦「ウルトラセブンの帰還」p.249、p.298に「幻想舞踏団」の内容不明とあるが、1968年1月31日に作品受け取りということになっている。
実は、1968年2月24日~25日に東京の国立劇場で、「第ニ回琉球芸能公演」が開催されており、文化デジタルライブラリ-(↓)に出演者が載っているが、伊良波晃さんや北村三郎さん、兼城道子さん、そして八木政男さんと翁長春子さん(この2人は吉屋チルー物語に出演)の名がある。さらに出語り解説として、嘉手納清美さん(サロメ星人の方と思うのだが)の名もある。
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/plays/view_detail?class=min_geinou&did=1400126&division=search&kw=%E6%B2%96%E7%B8%84

想像するに、少なくとも、「幻想舞踏団」とは、既述の「乙姫劇団」や、このような琉球芸能団の影響が見られるのではなかろうか。
2月の国立劇場での公演の知らせを受けて、ペンを走らされたように思えてならない。また、「吉屋チルー物語」の仲間とも面会されていたのではなかろうか。そして嘉手納清美さんにも・・・。
金城さんと、琉球芸能役者らとのかなりの繋がりを感じさせる。
 

風来坊

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年12月15日(土)23時44分21秒
  「ご覧の通りの風来坊です」
は、ダン登場の名セリフ。
マイティジャック『マイティ号を取り返せ』
でも風来坊のように弾が登場する。
脚本の金城さんがご自分を置き換えているように見える。
特に『マイティ号を取り返せ』では、玉川学園で金城さんと同室だった二瓶さんと、セブンの森次さんとの共演は正に意図的に思える。風来坊の弾(森次さん)に、金城さん自身を投影し、二瓶さんとテレビの中で乾杯する。そして歌を歌う。正に玉川学園同窓会といったところだろう。
(wikiで、二瓶正也さんは玉川学園と書かれていないが、http://kirituki.blog78.fc2.com/blog-entry-1668.htmlで証言されている)

尚、ただのフワフワした風来坊ではないことには注意だろう。『マイティ号を取り返せ』は、「太平洋ひとりぼっち」のオマージュとも思えるが、円谷英二が昔、風来坊のように映画の世界に入り、風来坊のように特撮を試行錯誤し、また、公職追放解除の後に「太平洋ひとりぼっち」を作ったのも、"大海原ではあるが目的を持った風来坊"というような英二自身を投影しているように思える。
金城さんは、そういう経緯経歴にも共感していたと思える。"目的を持った風来坊"は金城さん自身でもあったろう。本土と沖縄の架け橋になるというような目的である。
 

火星大接近

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 8月 1日(水)01時44分28秒
  金城哲夫年譜
https://www.haebaru-kankou.jp/index.php/kinjo-kyakuhon/chronology.html
玉川学園では、金城さんは、金星人との友好サークルも作られたが、火星の様子も後々の活動に影響したかもしれない。
火星の過去の接近の年によると、
http://www91.sakura.ne.jp/~kay2/mars/mars1.htm
玉川大学に進まれた1956年に大接近している。

なお、1954年のゴジラにも感動されたが、玉川学園が標榜する『自己犠牲精神』を芹沢が表していることに感じ入られた可能性が考えられる。それは、ウルトラマンやセブンの生き方や、ウルトラマン「小さな英雄」に反映されていると考える。
 

アンドロイド0指令と魔法使いサリー初回

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 7月20日(金)03時14分10秒
  メモとして・・
ウルトラセブン「アンドロイド0指令」(上原正三脚本)の元ネタとして、魔法使いサリーの初回(https://youtu.be/riTgc9VUuOg)で、深夜デパートでのおもちゃが攻撃するシーン(20:40~)があるのではないか?
「地底GO!GO!GO!」(同)のタイトルも「マッハGO!GO!GO!」からと思われる。
 

「吉屋チルー物語」とウルトラセブン最終回

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 7月11日(水)22時31分43秒
  「吉屋チルー物語」(金城哲夫監督・脚本)
には、ウルトラセブンの最終回と共通点がある。
ネットでは、
https://youtu.be/Uihht39ui84

0:50~は吉屋チルーの歌会で正体を明かすシーン、7:40~はその後チルーとのやりとりの中で、「歌の道に身分の差(侍と百姓など)はない」と諭すシーンがあるが、これは、ウルトラセブンの最終回で、セブンが正体を明かし、その後人間と宇宙人(セブン)は差別はないとするシナリオ構成と共通している。
これは、金城さんと栫井氏との鹿児島旅行中、琉球人差別の話題で突然険悪なムードになったことからも、恐らく当時の沖縄人差別が念頭にあったと思われる。
そして金城さんの場合は、沖縄海洋博覧会の演出を担当する中で、世界の海の水を一つの大きな入れ物に注ぐというイベントにあるように、世界の人々の交わりと平等をも願われていた。
 

(無題)

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月21日(木)15時04分21秒
  なお、このペロリンガ星人は、まだ良い星人だったという印象を受ける。他のペロリンガ星人が地球征服をする前に、地球の荒廃をほのめかし、それに飽き飽きした人を先に救出するという意図が感じられる。色々味わい深い作品である。  

(無題)

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月21日(木)14時47分17秒
  「円盤が来た」のペロリンガ星人とセブンの対決シ-ン前後の映像は、1968年4月11日 に日本で公開された『2001年宇宙の旅』のラスト近くの光による異次元表現に刺激されたのではないかと思う。  

「円盤が来た」の出演者

 投稿者:紫藻  投稿日:2018年 6月21日(木)04時25分20秒
  「ウルトラセブン撮影日誌」(復刊ドットコム)p.293によると、丁度今から50年前の昭和43年6月22日に、「円盤が来た」の本編撮影として、最後のシーンのアパート前と思うが、金城、上原、宮崎の各氏が出演していることになっている。
ただ、これには偶然とも思えないことがある。
「円盤が来た」のゲンさんは、
トカラ列島の話がからむ松竹映画「なつかしい風来坊」(1966年)
?(http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/film/morisakidata/cp004180.htm)(https://youtu.be/YBBo6zNHSX8)の源さんがモデルであると仮にすると、実相寺監督の南方諸島やひいては沖縄への眼差しに応える意味で出演されたとも思うのである。
なお、"風来坊"は、セブン初回にもダンのセリフに出てくるものであり、金城さん自身を表現したものと解釈する。
実相寺監督と金城・上原さんらは、意外と近い仲であったと思う。
 

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