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(無題)

 投稿者:管理者  投稿日:2015年 6月 5日(金)21時15分24秒
返信・引用
  こちらの掲示板の編集作業ができなくなったため、新しい掲示板を作成いたしました。
次回よりこちらにご投稿ください。

http://6211.teacup.com/su_volleyball/bbs

なおこちらの掲示板は書込み禁止ですが閲覧はできますのでご了承ください。
 
 

 投稿者:  投稿日:2015年 5月27日(水)21時32分32秒
返信・引用
   

 投稿者:  投稿日:2015年 5月25日(月)21時55分56秒
返信・引用
  qqq










    
 

 投稿者:  投稿日:2015年 5月25日(月)21時50分8秒
返信・引用
   

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年 5月25日(月)21時48分45秒
返信・引用
   

埼玉県警察学校の元校長が前任者ら3人(警察学校長 副校長)を業務上横領で刑事告発

 投稿者:埼玉  投稿日:2015年 5月16日(土)18時39分39秒
返信・引用
  埼玉県警察学校の元校長が前任者ら3人(警察学校長 副校長)を業務上横領で刑事告発
http://ameblo.jp/womanrightsjapan/entry-11940703220.html
http://d.hatena.ne.jp/n1516e/20090930/1254256140





元埼玉県警察学校校長の田中三郎氏(元警視長)が、校内にある業者から校友会への上納金の一部の使途が不明だとして、当時の副校長らを
横領の罪で07/12/6付けで告発しました。(ホームページ掲載に当たり、一部仮名にしています)。PDFはこちら。
http://www.ombudsman.jp/policedata/071206.pdf

なお、田中氏の告発を「明るい警察を実現する全国ネットワーク」が支援しています。
また、今回の告発について、「市民の目フォーラム北海道」ページに原田宏二氏が述べています。http://www.geocities.jp/shimin_me/keisatukanren1.htm#19.12.8




・埼玉県監査事務局 平成18年度随時監査結果(平成18年6月30日公表)
http://www.pref.saitama.lg.jp/A32/BD00/kansa/kansakekkazuiji18.htm




・埼玉県警察
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/kenkei/




・明るい警察を実現する全国ネットワーク
http://www.ombudsman.jp/akarui/
--


2007/12/07 14:51 北海道新聞
埼玉県警・警察学校で横領 元警視長が地検に告発
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/64669.html




2007年12月07日 朝日新聞
県警察学校 刑事告発、助成金問題の経緯
http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000000712070002




2007年12月7日 朝刊 東京新聞
【社会】『売店の納金流用』 埼玉県警元幹部 元警察学校長らを告発
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007120702070336.html




2007年12月7日(金) 埼玉新聞
「元校長らが横領」 元県警幹部が告発 警察学校助成金
http://www.saitama-np.co.jp/news12/07/02x.html




2007年12月7日1時10分 読売新聞
埼玉県警察学校の元校長、前任者ら3人を業務上横領で告発
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071206i418.htm?from=main4




2007年12月06日22時54分 朝日新聞
元警察学校長、埼玉県警幹部らを告発 業務上横領容疑で
http://www.asahi.com/national/update/1206/TKY200712060332.html




12月6日22時52分配信 毎日新聞
<埼玉県警察学校>元校長が前任校長らを業務上横領で告発
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071206-00000156-mai-soci




2007年12月6日17時55分 ニッカンスポーツ
元警察学校長ら3人を告発
http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20071206-292127.html




2007.12.6 17:50 産経新聞
「売店に上納金を納めさせ、私的流用」と元警察学校長ら告発 埼玉
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071206/crm0712061750033-n1.htm


引用元: http://ombuds.exblog.jp/6695659

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埼玉県警察学校の元校長が前任者ら3人を業務上横領で刑事告発





たなか・さぶろう 1947年8月15日、栃木県生まれ。茨城県立古河第一高校卒。67年7月、埼玉県警巡査に採用される。寄居署長、少年課長、交通部理事官、西入間署長、越谷署長などを経て2005年警察学校長。趣味は読書(中国文学)。

 秋風が吹き始めた庭を眺めて、田中三郎(六二)は、自宅にいた。写真撮影をお願いすると、きまじめに背広、ネクタイに着替えてくれた。応援セットの向こうには、警察手帳をコピーした埼玉県警のエンブレムが飾ってある。

 「人に聞かれれば“自宅待機中”と答えています。誰が来ても、あるいは呼ばれても、いつでも対応できるようにです。あの日から警察の仲間たちとのつきあいは絶ちました。迷惑がかかっても因りますから。酒は一滴も飲んでいません。いざというときに不覚を取っ
てはいけないので」
 ひとつひとつの言葉を確認するように語る。


 二〇〇七(平成十九)年九月。田中は六十歳定年を半年残して、四十年間勤め上げた埼玉県警を退職した。三つの署長、警察学校長などを歴任し、階級は警視正だった。高卒のノンキャリアとしては、ほぼ最高の地位まで出世した。普通なら外郭団体の専務理事などに天下るのが通例だ。だが、再就職の斡旋はすベて断った。機関誌「秩父嶺」には、こんな最後のコメントを残した。


 「素晴らしい後輩の皆さんヘ。『警察職員は憂えず懼れず』。制服のときも非番のときも、家族とくつろいでいるときも、県民の方々が素朴に思い描いている格好のいい警察官、心から拍手を送りたくなるような強くて頼りになるお巡りさんを演じ続けて欲しいと願っています。『自ら反みず縮んば千万人と雖も吾往かん』(略)」


 田中が前任者の元警察学校長、元同副校長らを業務上横領の疑いで刑事告発したのは、この二カ月後の十二月六日のことだった。告発状などによると、元校長らは共謀して、警察学校内で売店を経営する会社から同校の親睦団体・校友会に対する助成金約百二十五万円を着服した。
 詳細を田中が語る。


 「〇五(平成十七)年三月。校長に着任して引き継ぎ書類を見るうちに、その事実に気付きました。四カ月ごとに校友会に入金されていた助成金が前年四月に突然消えた。事務員を事情聴取すると「校長の指示だからと言って副校長が持って行った』と。これは変だ」

 資料を集め、教職員から事情を聴いた上で本部に持ち込んだ。いずれは何らかの処分が発表されるものと考えていた。だが、待てど暮らせど動きはなく、それどころか田中はこの件に関する情報から遠ざけられた。
 不信感が募り、やがて憤りに変わった。
 「警察は公明正大に生まれ変わったはずではなかったのか」
 これに先立つ二〇〇〇年ごろ、全国の警察で不祥事が相次いだ。

危機感を抱いた国家公安委員会、警察庁は「警察改革」に着手。「警察改革要綱」をまとめた。田中自身も改革にかかわり、警察庁に出向後、二年間の九州管区勤務を経て古巣の埼玉県警ヘ帰ってきた。よもや、そこでこのような不透明な金銭処理がされているとは思わなかった。

 長い問、一人で悩んだ。見ないふりを決め込むこともできる。
 巡査の時代から、つらくとも楽しかった警察官生活の思い出が頭を駆け巡った。微罪で取り調べた被疑者が実は爆弾事件の全国指名手配犯で、本人に告白され、大騒ぎになったこと。警備訓練で山中を大汗をかいて走り回ったこと…。そうやって人生のすべてをつぎ込んだ県警を、“告発”することなどできるのか。


 だが、どうしても譲れなかった。生まれ故郷の栃木県藤岡町で農業を営んだ父は、郷土の英雄で足尾鉱毒事件と闘った田中正造翁を敬愛していた。口癖は「自分にうそをつくな」。そのせいか、田中は節を曲げるのが何より嫌いだ。


 地元の高校を卒業後、最初は憧れだった航空会社に入り、整備士の見習いになった。だが備品を持ち帰るなどの“不正”が横行する職場に嫌気がさした。「不正と対決できる仕事はないか」。そう考えて、第二の仕事に警察官を選んだ。


 巡査部長で警務部勤務のころ、上司の課長が公用車をひどく乱用していた。

やはり悩んだあげく、警務部長に事実を伝える手紙を書いた。手紙を官舎に届けたら退職しようと考えていた。長女を身ごもっていた妻は泣きじゃくって反対したが、止まらなかった。

このときは警務部長が「僕に任せてくれないか」とすべてをのみ込んで、改善してくれた。
 警部時代には、大手警備会社ヘ行政処分を執行する直前に上司からストップがかかった。

警備会社のトップと警察庁上層部に何らかの取引があったと直感し、徒手空拳で警察庁に乗り込んだ。キャリア官僚を相手に直談判し、「時期を遅らせただけだ」という文言を勝ち取った。

後に警備会社は「指示処分」を受ける事態となった。

 こうした経験から、田中は「警察とは想像していたよりずっと懐が深い組織だ」という感慨を持っていた。

そうした組織で働けることに誇りと喜びを感じていた。ところが、今度ばかりは、その信頼が裏切られたのだ。

 告発から一年半が経過した今年八月三十一日、さいたま地検は元学校長らを不起訴処分(嫌疑不十分)とした。

元校長らに現金が渡った事実は事務員の証言などから疑いようもなかった。

だが地検は「(元校長らが)不法に自分のものにしようとした意思が認められなかった」と説明した。
 「職員の飲食に使った」という元学校長らの説明は、金額などに不審な点が多かった。だが地検はお金の使途の詳細に言及することもなかった。


 田中を支える弁護士の清水勉は「百万円を超えるお金が職員の飲食に使われた形跡はない。仮にそうだったとしても、現金が副校長に渡った時点で犯罪は成立しており、お金を何に使ったかは、情状の問題であって、犯罪の成否の問題ではない」と地検の判断に疑問を投げかける。
 近く検察審査会への審査申し立てに踏み切るつもりだ。
 田中は語る。


 「三度警察学校に勤務して、この学校では教えられていないことが、ひとつあると知りました。それは本当の意味での“倫理”です。

『天知る、地知る、子知る、我知る』。警察官は何より清廉でなければならない。

また公務員には不正を告発する義務がある。

見て見ぬふりをするだけで、市民を裏切っています。

この一件が片付いたら、本当の意味での引き継ぎがしたい。それで晴れて退職です。その晩は、少し飲ませてもらいましょうか」
(坂本充孝、敬称略)

東京新聞 2009年9月28日号


こちら特報部 へこたれない人々 前任者を告発 元埼玉県警察学校長・田中三郎さん(62)
http://ameblo.jp/womanrightsjapan/entry-11940704291.html



 

引退

 投稿者:内田 耕暉  投稿日:2015年 5月15日(金)00時27分1秒
返信・引用
  今回の春リーグで引退するに当たり、この場をお借りしてこれまでの振り返りと、感謝の言葉を述べたいと思います。

月並みの表現ではありますが、この四年間を振り返ってみますと、本当にあっという間だったなと感じます。
栃木の田舎から出てきて、鼻高々で入部した3年前。すぐさまその鼻っ柱が折れ、真摯に練習に取り組むようになってから3年が経つと思うと、不思議な気持ちになります。
高校からバレーを始め、バレーのバの字も知らなかった私が、最終的にレフトになり、キャプテンとしてチームを引っ張ることができたのは、様々な方の支えがあったからこそです。
多様な知識、技術に留まらず、大人としての礼儀等を教えて下さった相田さん。リーグの度にコンディショニングをしてくださった長谷川先生。今回有志を募り、部旗を寄贈するなど、現役の支援をしてくださったOB・OGのみなさま。遠方の会場まで応援に駆けつけてくださる保護者様を含む、バレーボール部関係者の皆さま方のおかげです。本当にありがとうございました。これからも、バレーボール部の活動を支えていただけると幸いです。


この3年間を通じて、考えるとはどういうことなのかを学びました。
口では、簡単に言えても実際に考えながら練習をしたり、試合をしたりするのは、とても難しいことです。
とくにこの1年間で、それを大きく感じました。
今後教員になるにあたって、それを部活に限らず、学校生活でも生徒に伝えられるようになっていきたいと思います。


この3年間という時間で、かけがえのない仲間ができました。
人生の中で最も大きな意味を持つ関係になったと、個人的には感じています。
それというのも、辛いことも苦しいことも嬉しいことも、共に経験してきたからこそです。
この関係に感謝し、そしてこれからも、ますます良い関係を築いていきたいと思います。

これからはOBとして、バレーボール部を支えていきます。
個人的には、3部のステージで戦いたいと望んでいますので、後輩に呼ばれるようであれば、春以上の働きができるよう、再び現役と共に努力していきます。

今まで、本当にありがとうございました。
 

引退のご挨拶

 投稿者:力丸将之(まんじろう)  投稿日:2015年 5月15日(金)00時13分1秒
返信・引用
  5月10日の春季リーグ最終戦をもちまして引退いたしました4年の力丸将之こと、まんじろうでございます。

 思えば、よくこんなチビが10年もバレーを続けていたわけでございます。関東の体育会男子バレー部でおそらく最小、なんといっても世界最小セッターでおなじみ竹下佳江元選手(159センチ)より更に低い156センチですから(=hydeと同じ身長)。ちなみに某社の社員のおじさまにその話をしたら5分ほど爆笑されていました。

 それもこれも、みなさまのおかげです。厳しくも温かい指導をしてくださったOBOGのみなさま。某駅前接骨院の長谷川先生、各関係者様、相田さん。この書き込みの後もさまざまな方々を思い出すことでしょう。あと、北関東の盟友である群大、茨大、高経の部員のみなさま。

 さて、後輩諸氏へ。1~3年生の男子部員。一途一心に励んでいただきたく思います。あとは、10年後も、100年後も、というより私が死んだ後も尚活躍し続ける埼大バレー部の「新しい百年」の礎となる1日1日をしっかりと歩まれることを期待いたします。

 女子マネージャーお二方へ。数ある我が大学の体育会部活動、いや、サークルもひっくるめて男子バレー部を選択したことを心から感謝いたします(D地くんが引っ張ってきたというのもあるが)。この1ヶ月少々があまりにも栄光の日々であってこれから先は一寸先は闇かもしれないし、茨が生い茂る荒れた道かも知れない。それでもあなたたちが部の最後の砦でありますから、彼らをよろしくお願いいたします。

 女子部員のみなさまへ。私なりの考えですが、±3歳はお友達なのでこれから先はさん付けなしで「まんちゃん」で結構です。さて。男子部の打ち上げでした話をひとつ。

 映画『スタンド・バイ・ミー』をご覧になったことはあるだろうか。内容はないようなもので「アメリカの片田舎のガキ4人が森の奥にある死体を探しに出かけた夏休みの冒険」というだけである。だがかなり興味深いセリフがある。ガキ大将が「12歳の頃のような友達ってもう二度とできないよな……」としみじみ呟くと一番ひょうきんな奴が「ま、バカは一生続くけどな!」とやり取りするシーンがある。

 みなさんはチームの面々と12歳の頃のような本音で、しかしながらひとつの何かに向かう姿勢で戦えているでしょうか。胸におててを当てて聞いてみてください。「18のあの頃のような友達は二度とできないなあ」と10年後に胸を張って言えるみなさんであってほしい。みなさんは、周囲の女子大生が流行だ遊びだ男の子だと夢中になっている間、誰も見ていない体育館で汗水鼻水垂らしてボールを追っかけているわけですから。他の同世代にはない美しさをどうか誇りに思って欲しい。

 クソ長くなりましたが、つまるところ「ありがとうございました」ということです。秋口にまたこの掲示板でお会いしましょう。

 深夜の研究室から まんじろう

 

引退

 投稿者:中川翔也  投稿日:2015年 5月13日(水)17時36分58秒
返信・引用
  5月10日をもってバレー部を引退しました中川翔也です。

今まで自分を支えてくださった先輩やOBの方々、サポートをしてくださった長谷川先生ならびに北浦和接骨院のスタッフのみなさま、バレーの指導をしてくださった相田さん、バレー部を支援してくださった保護者のみなさま、この場をおかりしてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

特に同期のみんなには本当に感謝してます。

これからは、自分が受け取ったものを後輩たちに還元していくことが大事なことだと思いますので、尽力していきたいです。

今までありがとうございました。
 

引退

 投稿者:高橋康太  投稿日:2015年 5月13日(水)15時24分5秒
返信・引用
  5月10日の春リーグ順位決定戦をもって引退しました、4年副キャプテンの高橋です。


まず、埼玉大学バレー部に入部してからこれまで様々な指導をして下さった先輩方・OBの方々・相田さん本当にありがとうごさいました。また、怪我をするたびに治療をしてくださった長谷川先生をはじめとする北浦和接骨院の関係者の方々、大変お世話になりました。ありがとうございました。そして、リーグ戦や大会のたびに応援や差し入れをしてくださった保護者の皆様。本当にありがとうございました。

自分のミスで負けた試合、自分のスパイクで勝った試合など様々な経験を通して、プレイヤーとして、また人として成長することが出来たと思います。身勝手な行動をとり、チームの仲間や先輩方に迷惑をかけることばかりでしたが、見捨てずに最後まで支えてくださったこと、とても感謝しています。

私たち4年が引退すると、部員6人という厳しい環境になってしまいますが、3部で勝つという高い目標に向かって頑張る後輩たちを、今度は私が支えていこうと思います。

今までありがとうございました。
 

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